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門構へ小城下ながら足袋屋かな
[表] 門構へ小城下ながら足袋屋かな 碧梧桐 [裏] 門構へ小城下ながら足袋屋かな 碧梧桐 河東碧梧桐《へきごとう》(一八七三~一九三七) 明治三八年一二月冬の句。松山は十五万石の下城下である。城北方面は職人や商人の町でにぎわっていた。「碧梧桐句集」より。 [説明]...


漁家三四菊うゑて松の中にあり
[表] 松川浦十二景之和歌 松川浦 儀同三司藤原基福 春やなをたぐひもなみのあけぼのにかすむみどりの松川のうら園 従一位基福 春や猶たくひも浪の曙にかすむミとりの松川のうら 水茎山 亜相源通誠 うつし絵もおよばむものか桜さく水茎山のはるのおもかげ...


一枝に一輪十六日桜かな
[表] 十六日桜を詠む 静かなる山下影に庵つくり雪粧わせて見る桜かな 西行法師 西に行き法師もいかに初桜しばしとてこそ杖とまりけり 一遍上人 人の気を花に乗せゆく桜かな 松尾芭蕉 又たくひ世は梅さかり此の桜 小林一茶 噓のよな十六日桜咲きにけり 正岡子規...


闇中に山ぞ聳つ鵜川哉
[表] 闇中に山ぞ聳つ鵜川哉 碧[印] [裏] 昭和十三年冬建立 岐阜ロータリー俱楽部 [説明文(現在は無し)] 闇中《あんちゅう》に山ぞ聳《そびえた》つ鵜川かな この句は近代俳句の○○の一つである俳句選集「春夏秋冬」の夏の部に「闇中に山ぞ聳つ鵜川かな」の形で収められている...


釣舟見れバ鱚乃つりたく波足洗ふ
[表] 釣舟見れバ鱚乃つりたく波足洗ふ 碧 [裏] 昭和六十二年六月建立 川之江文化協会 川之江市観光協会 [説明] この句は大阪三昧句稿(大正15年9月19日)での作で、『三昧』にて「伊予川之江」と題して収録されている句。...


酔うてもたれて正月の屏風
[表] 酔うてもたれて正月の屏風 碧 [説明文] 河東碧梧桐《かわひがしへきごとう》(一八七三~一九三七) 俳人。名は秉五郎(へいごろう) 松山の人、旧制三高中退。 酔《よ》うて もたれて 正月《しょうがつ》の屏風《びょうぶ》 正岡子規に師事、俳句革新運動を助ける。...


水鳥群るゝ石山の大津の烟
[表] てふてふうらからおもてへひらひら 山頭火 水鳥群るゝ石山の大津の烟 碧 はるさめの石のしつくする 井泉水 [説明] 種田山頭火のお墓がある、山口県防府市の護国寺にある句碑。ここには多くの山頭火句碑があるが、この句碑は3基目に建ったもの。...


下草歯朶ハ萩はほろゝゝ散りこぼれ
[表] 榊山公園にて 下草歯朶ハ萩はほろゝゝ散りこぼれ 碧 [側面1] 平成二年三月吉日 新宅悦雄 長尾健次郎 大藤潔 本宮典明 [側面2(説明文)] 河東碧梧桐(一八七三~一九三七) 俳人、松山市生れ 正岡子規に師事し、友人高浜虚子と共に俳句革新運動を推進し、自由律、無季...


汐乃よい船脚をせとの鴎ハかもめ連れ
[表] 汐乃よい船脚をせとの鴎ハかもめ連れ [説明] 岩波文庫『碧梧桐俳句集』によると、この句の説明として「(昭和三年二月)四日徳島に赴き4泊、撫養に出て折節大汐の鳴門を観、同地一泊」とある。 生口島ゆかりの句ということではなさそうだが、瀬戸内海を見た際の句で間違いないと思...


子を歩ませて下枝々々のさくら咲く方へ行く
[表] 碧 子を歩ませて下枝々々のさくら咲く方へ行く [傍の碑] 碧梧桐句碑建立 石川豊貴 窪田邦彦 星川勝利 石川 惇 薦田 剛 三宅隆男 石川昭一 篠原 敬 三宅康弘 石川智康 谷 宁 三好英二 石川 博 谷井英伝 三好美弘 宇田凱武 谷井 登 横尾機〇...


芦の風ざわついて残る蚊の出る
[表] 芦の風ざわついて残る蚊の出る [説明] 俳諧の里とされている宗林寺には数多くの歌碑・句碑が建っている。 この句碑はそのうちの一つで、本堂のある区域の、門を入って左側の句碑群のなかにある。 2023年9月6日追記/境内がどんどん物置化しているので注意 1枚目の画像が最...


さくら活けた花屑の中から一枝拾ふ
[表] さくら活けた花屑の中から一枝拾ふ [説明] 俳諧の里とされている宗林寺には数多くの歌碑・句碑が建っている。 この句碑はそのうちの一つで、寺の門を入って進んで右手側、松の木の下にある。 宗林寺境内にある他の碧梧桐句碑 名残の土筆摘む松三本のよりて立つ影...


名残の土筆摘む松三本のよりて立つ影
[表] 碧 名残の土筆摘む松三本のよりて立つ影 [説明] 俳諧の里とされている宗林寺には数多くの歌碑・句碑が建っている。 この句碑はそのうちの一つで、寺の門前にある。向かいに高浜虚子の句碑がある。 宗林寺境内にある他の碧梧桐句碑 さくら活けた花屑の中から一枝拾ふ...


散る頃乃櫻隣のも吹きさそひ来る
[表] 碧 散る頃乃櫻隣のも吹きさそひ来る [説明] 大正15年4月発行『三昧』に載る句。 『革新の書人 河東碧梧桐』164ページによると、平成21年当時の宇佐神社宮司の本澤氏により建てられた。真筆は、神社北隣に住む植松氏の蔵とのこと。「鶴亀帖」と名付けられた折帖仕立ての中...


交りをかへまし濁酒酌みにけり
[表] 交りをかへまし濁酒酌みにけり 碧梧桐 [説明] 「松籟くひむら」という、30基あまりの句碑が集められているところが、岐阜県岐阜市の真福寺本堂の裏にある。 このくひむらの中心に、酒に関する俳句が集められている「酒塚」と呼ばれる句碑がある。...


山をやく相談の酒になる哉
[表] 山をやく相談の酒になる哉 [説明] 当時直入町に存在した愛泉館という旅館(現在は廃業)の店主であった御沓重徳氏は、長湯温泉を広く世に喧伝するため、文人墨客を多く招いた。 碧梧桐は昭和8年10月に直入町に訪れている。 この句自体は大正6(1917)年の句。...


今年植えし若木乃桜一葉を残す
[表] 碧 今年植えし若木乃桜一葉を残す [裏] 平成三年十一月 高遠に文学碑を建てる会 [説明] 「高遠に文学碑を建てる会」によって、他の複数の歌・句碑と共に建立された句碑。 碧梧桐は高遠で著名な酒蔵「仙醸」の四代目社長にこの句を揮毫した色紙を贈っており、恐らくこの揮毫を...


西駒ハ斑雪てし尾を肌ぬぐ雲を
[表] 斑雪 高嶺 朝光 鶯 啼いて居る [裏] 碧 西駒ハ斑雪てし尾を肌ぬぐ雲を ※裏が碧梧桐の句 [説明文] 廣瀬奇璧《ひろせきへき》 河東碧梧桐《かわしがしへきごとう》 句碑 この碑の表は、高遠出身の鉱山業者で、高遠閣建設に尽力されたことで知られている廣瀬省三郎(俳号...
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