続三千里巻上
- 句碑 碧
- 2022年8月15日
- 読了時間: 2分
更新日:2024年8月3日
柳田國男著『柳田國男全集 第二十四巻』筑摩書房,平成11(1999)年12月発行(初版),p334-335
元資料:(『郷土研究 第一巻第十二号』雑報(紹介),郷土研究社,大正3(1914)年12月発行)
柳田國男が碧梧桐の『続三千里』の書評を行っている記事があったので、文字起こしをしてみました。
三千里の記事は、民俗学的な資料としても価値が高かったことがわかります。
因みに文中の「飛騨の荒城神社で天正年中の楽書を見たこと」ですが、『続三千里(上)』(講談社,昭和49(1974)年6月(初版),p132)によると、楽書があるのは荒城神社の近くにある安国寺のほうです。予約が必要ですが、今でも安国寺輪蔵でその楽書を見ることができるようです。
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河東碧梧桐氏の行脚紀行一日一信の一部分が又本になつて出た。愉快な読物である。明治四十二年四月末から翌年二月の中頃へ掛けて、路は甲州から諏訪へ出で信州飛騨をぐるりと巡り、越後から長門の下関まで主として日本海岸の旅である。立山へも白山へも登つて居る。迂路滞在勝手次第で路は輪を描き枝を出し、一つの温泉に半月も留り東京から細君などを喚寄せる。羨むべく気楽な行脚である。紀行が只の日記体で無く随感録の形になつて居るのは新しくて有難い。主眼とする俳諧論の方には我々は支考の著に対すると同じく風馬牛であるが、著者が永年の雲水生涯で修養した一種の物の観方は、境遇の平凡で無かつたのと合せて、田舎の研究者に得がたい材料を残して居る。信濃の山村でシヨデの若芽を食つて、十和田のソデと同じだらうと云ふ処、飛騨の荒城神社で天正年中の楽書を見たこと、白山の麓村で栃の実を採るのを見たこと、但馬の余部で農家の子供が飯を食ふのを記したあたり、其外にもなつかしい記事が甚だ多い、単に事実が新しいだけでは無い。此までの書物には現はれて居らぬ情趣である。
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